都内大手SIerから、地方移住しプログラムを書いてメシを食ってる
えいとらのプロフィールです。

ブログを始めて1本目なので書く練習も含め、長編です。



片田舎の漁村に生まれる

産れと育ちはとある片田舎の漁村。
おとんは漁師。日本をぐるっと回るような漁をしていたので家にいるのは月に2-3日。
なので、魂はほとんどおかんのエッセンスを注入されて成長。
特に家訓などは言語化されていませんが、振り返ると 思いやりを大切にと育てられた

高校は兄貴が高専いったので、あまり考えず高専に進学
電気科に入ったにも関わらず、学問として電気に興味がわかず。。
授業の1つとしてあったのが「C言語」。
これが唯一おもしろかったので今の仕事につながっています。



地方の国立大学に3年次編入
高専は大学へ3年次編入できるので、恩恵にあずかり地方国立大学の情報工学科へ。
もちろん勉強はせず。。
ひたすら酒を飲むか、サークル活動(ブレイクダンス)してました。

振り返ると得たものは2点ほど。


①プログラミングスキル
JavaやCは授業と研究室でやってたので人並み程度には書けるレベルに。
プログラミングの「プ」の字くらいですが。


②お客さんのために頭を捻りアウトプットする体験
ブレイクダンスでは下手なりに賞も受賞。
意外にも、ダンスで培ったエッセンスが仕事で結構活躍。

ダンスで賞をとるためには

・「わかりやすく」「ユニーク」なアイデア
・メンバーを動かしアイデアを具現化

する力が必要で

お客の事を考え頭を捻り、形にする。

というアウトプットは良いトレーニングに。
このおかげで、社会人になった時

客がほしい資料
客が必要としている機能...etc

が、直感でわかるように。
あとは今の妻と付き合い始めたのも大学時代。



就職1社目は都内の大手SIer

就職軸は下記。若かった。。(遠い目)

・親を安心させたいので大企業
・情報系だし、日本で屈指のソフトウェアの会社に就職

無事、大学の推薦枠を駆使して内定。上京。
彼女とも遠距離恋愛がスタート。

最初は1-2年は緩かったんですが、3年目頃から徐々に削られ始める。


・多い月は月の残業が100Hを超える
システムエンジニアはITドカタとも呼ばれ超激務
徹夜で障害対応も5回は経験しましたし、深夜でタクシー帰宅もしょっちゅう。
後半はタクシーで帰る時間も惜しみ、自費でカプセルホテル泊まったり。


・上司が鬼だった
上司はめちゃくちゃ仕事ができて超絶ストイックに自己研鑽するタイプ。
ただ、部下にもストイックな鬼でした。
体力的にも疲弊している中「なぜできないのか」を詰め寄られる日々


・東京が嫌いだった

毎日、ストレスがスシ詰めになっている満員電車に揺られる。
・新宿の飲み屋のサービスレベルがクソ。 等など

日々積み重なる、小さくイヤな体験達

おかんに思いやりを第一にと育てられた僕は 東京がどうにも肌に合わない と感じていました。




転職/移住のトリガーとなった苦い体験

2016年の師走、鬼上司の機嫌が悪くいつも以上にこっぴどく叱られた日がありました。
立たされ怒鳴り散らすに留まらず、周りを巻き込んでの叱責。1対多。
ただその時、いつも味方をしてくれていた先輩も、鬼上司のあまりの剣幕に「多」に回ってしまいました。

味方だと思っていた人も「多」に回ってしまった。
非常に悲しい思いをしましたが、帰って1人で考えて気付いたことがありました。

先輩には家族がいたんです。もちろん優先順位はえいとらより家族の方が上。
なので、先輩にとって あのシチュエーションで鬼上司側につくのは今後のキャリアや家族の事を考えると非常に合理的な判断だったんです。

ここでようやく「自分を助けるのは自分しかいない」という意味が、言葉だけでなくマインドとして理解できました。



転職活動から現在
自責マインドに代わってからは行動は早く、自分の幸せを改めて再定義。
そして、「東京」という土地や「大手SIer」とは離れることを決断。

不安に感じていた転職先もあっさりと決まり、2017年春頃には転職/移住に至ります。
ついでに結婚もしました。
仕事も順調で、2018年の冬に妻が身ごもり新しい家族もできそう。

副業可の会社である為、さらに「自分の幸せ」を引き寄せるべく
副業としてブログを書くに至ります。

長々と書きましたが、今後ともよろしくおねがいします!
Twitterもやっているのでぜひフォローして下さい....!!



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